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江南の春

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2009年は 「江南の春」 からスタートです。「江南」とは長江(揚子江)の南を指します。 
以下 2002年3月21~26日 「江南撮影旅行報告」 です。 
  
496-桐蘆(Tonglu)
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菜の花は盛りでしたが、雨天が輝くばかりの黄金色を隠してしまいました。
この写真、中国・浙江省・杭州市の西南、富春江の上流にある桐蘆鎮(Tonglu)の菜の花畑です。

憧れの「江南の春」を体験しようと、2002年3月21~26日、「浙江省・富春江(桐蘆)・烏鎮・杭州(西湖)・千島湖 撮影旅行」に参加しました。
「江南の春」は真っ盛りでしたが、天候には全く恵まれず、旅行期間中、「西湖」で夜明けに10分間ほど太陽の顔を見たのが唯一の太陽光で、その他はすべて雨か曇りでした。
まさしくこれこそ絵に画いたような「多少樓臺烟雨中」の「江南春」だったのでしょうね。

<参考1> 「浙江省・杭州市」を中心とした 「中国地図」 はここをクリックしてください。   
「桐蘆」 「烏鎮」 「千島湖」 はそれぞれをクリック願います。  
地図は画面を大きくして、縮小・拡大・スクロールができます。

<参考2>杭州市を中心とした交通図です。縮小・拡大・スクロールができます。

497-烏鎮(Wu zhen)(うちん)
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烏鎮は上海から杭州に至る途中の桐郷市(Tong xiang)の北部にあります。
水路を中心に古くから栄えた商業の町で、交通の要衝でもあります。倉敷や近江八幡のように整備が始まっていました。(北京オリンピックの済んだ今では、近代的な街に囲まれてしまったという風にも聞いています。)

498-烏鎮2
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建物は水路に面しています。

499-烏鎮3
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船溜りです。

500-烏鎮4
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この風景、「水村山郭酒旗の風」をふと思い起させます。

<蛇足1>
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                江南春  杜牧
千里鴬啼緑映紅 水村山郭酒旗風 南朝四百八十寺 多少樓臺烟雨中     
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 ここ烏鎮にはためく「酒旗」をネットで見つけました。 
 「江南」とは長江(揚子江)の南を指します。烏鎮は将に「江南」の真っ只中です。
 現代中国語では「多少」はHow many・・・?、「楼台」は高楼の意ですから、「多少樓臺烟雨中」は
 「煙雨の中には幾つの高楼があるのだろうか?」という意味でしょうね。

<蛇足2> 杜牧の 「江南春」 を中国音で聞きたくて ネット を探してみました。
     (この項11/09/05改訂)

★★タイトル番号が 500 まで進みました。
 もう500葉もの写真を見ていただいたのですね・・・。   
 ご愛読の皆様に励まされて、ここまで続けることができました。
 有難うございました。今後共ご愛読のほどよろしくお願いいたします。
 感謝・感謝!!!!

501-烏鎮5
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建物の後側は細い路地です。脈々と生活が受け継がれています。
烏鎮では、こんな防火壁やウダツが町を火災から守っています。防火対策は日本以上です。
ところが江南は日本と同じくらい雨が多そうなのに、建物に樋がありません。
そういえば中国の建物には樋を見たことがないような気がします。不思議ですね。
日干し煉瓦作りの乾燥地帯ならいざ知らず・・・・。

この項を書いてから、念のために司馬遼太郎の「街道を行く-中国・江南の道」を開いてみました。「『うだつ』と樋」という項があって、杭州市における「うだつ」と「樋」に言及しています。司馬遼太郎が杭州ではなく、烏鎮へ行っていたら、その論はもっと明快であったであろう、と思われるのです。

502-烏鎮6
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路地の広場に織りと染めで布を作っている作業場があって、展示場にもなっていました。
藍色の生地に白い小さな菊の花が美しい「烏鎮名物の藍染め布」です。

503-烏鎮7
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路地の生活です。

504-烏鎮8
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路地の風景です。

505-烏鎮9
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路地から水路に出る小道です。

506-烏鎮10
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こんな裏路地にも「菊」の旗がありました。「菊花茶」は中国では常飲され、漢方薬にも使われますが、ここ桐郷が有名な産地で、「杭菊花」と呼ばれています。

507-烏鎮11
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水辺の風景に戻りましょう。

508-烏鎮12
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水路は上下水道を兼ねています。

509-烏鎮13
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公安(日本なら警察官)が橋を渡ります。

510-烏鎮4
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水路は今も人々の生活を支えています。

511-烏鎮15
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「茶館」喫茶店です。これこそ中国の風情です。

512-烏鎮16
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この街では自転車も乗ったままでというわけには行きません。

513-烏鎮17
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水辺の風景を続けましょう。

514-烏鎮18
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烏鎮の情緒を充分味わっていただきました。次は西湖です。

515-西湖(せいこ)
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「西湖」です。西湖は杭州市の西側にあります。白居易も蘇東菠も、杭州の役人であったとき、杭州を水害から守るため、西湖に堤防(白堤・蘇堤)を築きましたが、この写真は到着した日の夕方、「蘇堤」で撮影したものです。

516-西湖2
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杭州に到着して最初に西湖へ足を運んだのですが、お目当ての「玉帯橋」は豪雨の中、思うように撮影できませんでした。
「西湖」は白居易(白楽天)が「湖上春来似画図」*と歌い、蘇東菠(蘇軾)が、越王勾践から呉王夫差に献上された絶世の美女<西施>に例えて「淡粧濃抹総相宣」**とその美しさを讃えた湖です。

*【読み下し】湖上春来たりて、画図に似たり  【意味】湖上に春が来て、まるで絵のようだ。
**【読み下し】淡粧濃抹、総べてあいよろし  【意味】薄化粧でも濃い化粧でも、すべて大変いいね。

517-西湖3
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杭州で宿泊した早朝、夜明け前に西湖に向かいました。この写真は蘇堤を西側の岸から撮ったものです。

518-西湖4
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夜が明けて辺りが明るくなってきても雲は厚く、太陽は諦めていたのですが、運良く10分間ほど太陽が顔を出しました。けれども、これが精一杯で、所詮、厚い霧の中の太陽でした。これがこの旅行中に見た唯一の太陽でした。東の方には杭州の街並みが霞んでいます。

519-龍井茶茶畑
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浙江省の省都「杭州市」は上海の西南、杭州湾の奥に位置する人口130万の美しい都会です。西湖の周辺は龍井茶(ろんじんちゃ)の産地です。中国では烏龍茶や花茶のように紅茶と同じく発酵させた茶が多いのですが、龍井茶は日本茶に似た緑茶です。

520-龍井茶茶畑2
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雨の中での撮影でした。
杭州と西湖はもう一度ゆっくりと行ってみたい町と湖です。

番外-龍井茶茶畑3
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雨の中の撮影でした。きっと旅行会社が作業を頼んでくれたのでしょうね。

521-富春江(Fuchun jiang)
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杭州から千島湖へ向かう富春江は観光地でありながら農村地帯です。
富春江の下流、杭州湾の出口付近は銭塘江と呼ばれ、「逆流」で有名です。

522-富春江2
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富春江の漁業です。

523-富陽(Fuyang)
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早朝の富陽市で見た富春江の漁業です。

524-富陽2
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富陽の町に限らず中国では、人々は朝早くから起き出して、大極拳をしたり小鳥の鳴き比べをしたりします。健康的な生活です。

525-千島湖
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千島湖は富春江を堰きとめて造った大人造湖です。面積は西湖の108倍、2万ヘクタール以上もあって、1,078箇所の山頂が、島として残っているので、この名が付けられました。千島湖最大の都市「淳安」(Chun'an) は今も造成中ですが、水没した地域などから、29万人以上の人々が移住させられ、新しい生活が始まっています。三峡ダム以前にも、こんなプロジェクトがいくつかあって、中国人はこんなことには慣れているようです。

写真は「淡水真珠養殖場」です。人里はなれた交通の不便な場所に定住して、養殖に励んでいる若い家族を見かけました。

以上で「2002年3月21~26日 浙江省・烏鎮・杭州・富春江・千島湖 撮影旅行」の報告はオシマイです。

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by okatai3 | 2009-02-06 03:13